月曜日, 8月 10, 2020

ラジオ体操第1を解剖学で語る

動きを正確に伝えるには,解剖学のことばを使う

我々,スポーツ科学に携わる人間は,動きを正確に記述しなければならない.もっとも,正確に記述して口にすれば,ヒトに伝わるか?というとそれは別の問題を抱えているので,日常的に用いられる表現をしたり,あるいは何に形容した表現を使ったりすることは,もちろん望ましい.

ここで正確に伝える,という意味は「全くの誤解を生まない表現」ということを指していて,言ってみれば,足算を説明する際に,

「三百足す六十五は三百六十五(さんびゃくたすろくじゅうごはさんびゃくろくじゅうご)」

「three hundred plus sixty five is three hundred sixty five」

「Trois cent plus soixante-cinq font trois cent soixante-cinq」

と言語が通じなければ,思ったように意図が伝わらないことがあるが,それに似ている.

スポーツ科学を目指そうと思ったら,医学と同じく身体の構造,名称,機能をひたすら覚える必要があるのだが,教科書だけを見ていても覚えられそうにない.学生時代に必修科目であった,解剖学は,人体の骨・筋肉,関節など200項目の名称を答えるというもので,落ちたら再履修が必須だったので,必死だったが丸暗記であった.

オンラインで解剖学

春学期に開講している,身体運動解析ではこの解剖学の初歩の初歩,全身の代表的な骨,筋,関節,靭帯などの名称と共に,どのように運動に貢献しているのか?といったことをしょっぱなの授業で取りあげるのだが,今年は例に漏れずオンラインでの開講になったので,身体の各部位を見せながら,運動をしながら筋肉や骨の名称を教える,ということには苦労した.

大変重要な身体の部位である,腕の付け根,脚の付け根,いわゆる「肩」は,「肩峰」という部位で,「腰」・「股関節」は「転子点」といった用語で教えるにもそれがどこかを教えるには大変だ.

次に覚えるべきは,運動の明確な定義である.肘関節であれば,屈曲・伸展,これに加えて回内・回外,といったように関節それぞれの動き方には固有名称がある.「肘曲げてご覧」は簡単に誰もが理解できるが,これを正確に記述すると,「肘を屈曲してご覧」となる.「爪先を上げて」は,「足関節を背屈させて」となる.まずはこれを迷うことなく言えるようにならなければ,バイオメカニクスも生理学も始められない.

ラジオ体操第1を解剖学的な言葉で説明する

今回はこんなお題目の宿題を第1回目の授業で学生に課した.オンラインでの授業のしょっぱなということもあり,学生側もきっと乗り遅れまいと真剣だったのだろう.全員が期限に提出して,しかも皆相当精度の高い回答を寄越してきた.皆よく頭を捻って考えてきてくれた.

これは自分でもなかなか良いお題目であったと思った.



水曜日, 8月 05, 2020

身近なスポーツ科学:サッカーのリフティング

サッカーのリフティングの不思議

あんまり関係ないけど,研究会終了

昨日,7月30日で2020年の春学期研究会が終わった.歴史的な局面に遭遇した学生たちは,今学期大変な苦労を強いられた,と思う.COVID-19というウィルスの惨禍のもとで,小学校から大学までの教育機関は最善を尽くしての教育機会を模索した数ヶ月であったと思うし,どのような選択をした方が良かったのか?という解答は随分と未来にならないと分からないであろう.
私の勤務する慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスでは,全ての授業をオンラインで開講,ということで多く教員の努力で,大半がリアルタイムでのオンライン授業を実施したそうで,SFC教員が皆頑張ったのを実感した.

オンラインで力学のお勉強:サッカーリフティングの科学

研究会の中には,4つの班がいてそれぞれ活動しているが,B班はスポーツバイオメカニクス 班と命名してヒトの運動,特にスポーツの動き,技術を知りたい学生が集まって力学モデルで運動を考える,ということに取り組んでいる.大学院生2名が学部生のアドバイザーとして指導を買って出てくれているが彼らも運動を力学視点で考えることを修論テーマにしているので,良いトレーニングになっている.
毎年,歩行やランニングのモーションキャプチャを実施して,データを獲って分析してが常なのだが,それができない今年は,「実験をやった気になって」研究に取り組む.あるいは,過去の先輩がやった実験データを眺めながら研究に取り組む,ということにしている.そこでB班が取り組んでいることの一つが,「サッカーのリフティング」である.このテーマの奥深さに,私自身が気がついたのは実はテーマを与えた時ではなく,学期も終わりに差し掛かった,つい先週のことである.

まずは,学生に与えた話題を紹介する.リフティングはサッカーを始めた子供がまず取り組むもので,私も体育学部出身で50回のリフティングのノルマを達成するために頑張ったのはかれこれ30年以上昔のこと.

リフティングがうまくなると,「同じ高さに連続して」ボールを蹴り上げることができるようになる.これを物理で考えると,まずボールがある高さ(h)まで持ち上がったとすれば,ボールはそれだけ,「位置エネルギー」をもらったことになるので,ボールという質量のある物体を同じ高さまで持ち上げるエネルギーを足がボールに与えた(表現はやや問題がある),となる.


足から離れて上向きに飛び出したボールの速度(v)が示すボールの運動エネルギーは,

K = 1/2 mv^2

である(数式はそのうち,LaTeX出力に変えねば).空気抵抗を無視してしまえば,これが全て位置エネルギーとなるわけなので,

P = mgh

両者は等しいので,

mgh  = 1/2 m v^2

hまでのボールを上げたければ,ボールの飛び出し初速vは

v  = √2gh

「同じ高さまで上がる」ということは,一つ前のキックでも同じ高さにあったわけなので,落下して足に衝突する時の速度は,下向きなので符号は違うが,全く同じ大きさの速度であり,下向きであるはず.

v  = - √(2gh)

ここまでは,教科書的.
さて,ここからが面白い.ここまでの類推は,実は現実世界では違っている,入試問題では,現実の現象を出題できないことをここでは紹介する.

運動量の変化は与えた力積に等しい

当たった瞬間から,ボールが足を離れるまでの現象は,「衝突問題」として捉えるのが普通である.ここでいう「普通」というのは,まあ物理を学んだ人は普通,そう考えるよな,という意味である.衝突問題としては,「運動量と力積」,あるいは「反発係数」という話題が物理の教科書では登場する.まずは運動量と力積との関係から.

落下してきたボールの運動量(運動の勢い)は,質量mとボールの速度vとの積なので,落下して足とボールが接触する時の速度(これは下向き)をv0,足がボールを蹴って,上に飛び上がる速度をv1とおくと

m v1 - m v0 = F t

ここでは,
  • m  : ボールの質量(kg)
  • v0 : 落下してきたボールの足との衝突時の速度(下向き)(m/s)
  • v1 : 蹴った後に足から離れる瞬間のボールの速度(上向き)(m/s)
  • F : ボールと足との接触時間中の平均の力[N]
  • t : 接触時間
v0とv1とは,大きさが等しく,符号が反対だと述べたが,上向きを正にとれば,

m v1 - m(-v0) = Ft
2 m v1 = Ft
F = (2 m v1)/t


v1(=-v0)がどの程度か?と概算してみると,ボールの上昇高が仮に0.6m(地面からではなく接触する地点)とすれば,その時の衝突速度は,v1 = 3.43m/sである.
ボールの質量は約440g(重さにルールがないって知ってましたか?)なので,運動量は,

上向きを正とすれば衝突時のボール速度をv0,運動量は
P0 = mv0 = 0.44 x (-3.43) = -1.5092 (kgm/s)

キックした後で,足からボールが離れる瞬間の速度,v1は繰り返し同じ高さにボールが到達している振動現象であるとしたら,飛び出し速度は同じ値でなければならない.ただし,符号は逆.

P1 = mv1 = 0.44 x (3.43) = 1.5092 (kgm/s)

運動量の変化分,

(P0 - P1) = 1.5092-(-1.5092) = 3.0184 (Kgm/s)
F t  = (P1-P0)

ここで,サッカーボールと足の接触時間は通常のボールキックであれば,およそ0.01秒程度だが,きっともっと遅いと考えられる.
長めの接触をしたと仮定して(この仮定が非常に重要),t = 0.02秒とおいてみる

F = (P1-P0)/t = 3.0184/0.02 =150.92 (N)

求めたFは図の中では,グレーの網掛け長方形を意味している.あくまでも接触時間中に平均して力が作用すれば,という仮定があるが,そんなことは現実世界では起こらない.ここでボールと足の接触の場合には,通常釣鐘状の波形,もっと簡単には二等辺三角形のような波形で近似できるので,この平均値のおよそ2倍の力がピーク最大値であると考えて差し支えない.図では,少し滑らかな波形にデフォルメしてあるが,実際にはこんな風になるはず.なるはず,というのはボールに作用する力の直接計測は非常に難しいからである.
大体,二等辺三角形に近似できるとすれば,そのピークは平均の力の2倍であるので,

Fmax =150.92 x 2 = 301.84 (N) = 30.8(kgf)

リフティングをしている際にボールに作用する力の最大値は30kg程度であると推定できる.

運動量の変化分は,足でボールを蹴った際に作用した力の時間積分に等しい,というのがここまでの説明である.実は接触時間を知ることはすなわち力の大きさを知ることにも等しいのでスローモーションカメラで撮影してコマ数からで良いのでどの程度の接触時間かを知るのがこの問題を解く時には重要である.

ここですでに,教科書的な物理問題と現実のリフティングの間には,違いがあることに気が付く.

接触中にボールは動くのだ

接触時間は有限であることから,ボールと足が接触して,蹴り上げている時間の間,ボール+足は一緒になって運動を行う.これは当然上向きに動くはずである.単純な衝突問題としてサッカーボールが足と衝突すれば,10msec,1/100秒の間が接触時間だとすると,その間にボールは,「わずかではあるが,上に動く」.リフティングではもっと長い間,ボール+足は上に移動する.




すなわち,ボールが足から離れる高さは,落下点ではない!そこで
  • (落下してきたボールと足が接触する瞬間のボールの下向き速度の大きさ)=(ボールと足が離れる瞬間のボールの上向き速度の大きさ)
という最初の仮定が崩れ去る.ボールが足から離れる時には
  • (落下してきたボールと足が接触する瞬間のボールの下向き速度の大きさ)>(ボールと足が離れる瞬間のボールの上向き速度の大きさ)
足離れの際の上向き速度の方が小さい,はずである.

「真っ直ぐ上に」の意味

上手い選手のリフティングは,その場でずっと続けられていることから,すなわちボールが真上に飛び出していき,自分はじっとその場にとどまっている様に見える(実際にはどうか?)
左右にも前後にもボールが「ブレない」ということは,ボールに対してその方向に力が作用していない,もしくは作用していても接触中に作用したその力の総和(積分)がゼロ,である,ということを意味している.これはまあ,当たり前であろう,と高校物理の物理基礎を習った程度の知識でも類推できる.

左右や,前後に動かなければならない下手な選手は,毎度毎度のキックの際にボールに対して「あっちゃこっちゃ」に力を作用させてしまい(キックしてしまい),予期せぬ方向へと動かなければならない.上手い選手は,それを行わない,つまり前後左右への力を与えたいないか?もしくは力の総和(時間積分)がゼロである,ということを意味している.

さてここからが,面白さの本題.

では,上手い選手のボールは「真っ直ぐ上に」だけか?
真っ直ぐ上に蹴り出すには,前後左右への力を与えないか?あるいは,接触中に作用した力の総和はきっとゼロのはずだ,という推論の元で,選手のボールを観察すると,実は上手い選手の蹴るリフティングのボールは「バックスピン」していることに気が付く.逆に,下手な選手のボールは回転していないことが多い.

何故,リフティングのボールはバックスピンしているのか?

サッカー部の女子部員にこの質問をしてみた.すると返ってきた答えは,「ボールが安定するから」,である.これはきっと正しいのであろう.確かに飛んでいく物体が回転している時には,安定している.円盤投の円盤も回転していれば安定しているし,ブーメランも回転しているからこそ安定している.ボールだって同様のはずである.

では「どんなメカニズムで回転しているのか?」という問いかけを考えてみると,リフティングに働いているメカニズムが大変面白いことに気が付く.

「ほぼ球」であるサッカーボール(これは力一杯蹴っ飛ばしてボールがへしゃげる様な変形をしてない,という意味)を回転させるには,ボールの表面,接線方向に力が作用しなければならないはずである.これは必ずしも「接線方向にこする」という意味ではない,足がボールを蹴っている最中,その接触時間中に対して蹴っている力のベクトルがボールの中心に向いてない,ということが本質である.その力を分解して,ボールの中心に向かう方向と,接線方向に分けた場合,接線方向の力の成分の理由として,「ボール表面に働く摩擦力」が挙げられる.

摩擦力が挙げられる,と書いたのは摩擦ではない可能性もあるからである.これにはボールが,「ほぼ球」であって,「完全に球」でないこともきっと関係しているはずであるが,本質的に野球選手のピッチャーが誤解している様にボールの表面を「こする」,「はじく」ことでサッカーボール を回転させているわけではない.もちろん,「こすることが出来ない」ということを言っているのでもない.ちょっとややこしい言い方になってしまった.

選手の足の形をよく観察してみると,下手な人はボールを蹴る際に足首が伸びていて(底屈と言います),逆に上手い選手は,ボールを蹴る際に足首が曲がっている(背屈と言いいます)ように見える.

ボールに回転を与えるための条件

上手い選手のリフティングのボールが回転,バックスピンしていることを考えると,バックスピンを引き起こすためのその力を考えなければならないことにも気が付く.キックする力のベクトルがボールの中心を指さない,と書いたがその力の大きさと向きを時間に沿って,類推するのはなかなか難しそうなので,単純にやはり接触の摩擦力が作り出す,ボールの接線方向に作用する力,が回転を引き起こしている,という仮定の元で,回転のメカニズムを考えてみる.

物体に回転を与えるには,当然力を働かせなければならない.これは当たり前だがこの時,その物体に与える力のベクトルが物体の重心を貫く方向に作用すると,物体は回転せずに「スーッと」平行移動を行う.作用した力が重心を向かなければ物体は必ず回転する.



つまり,「真下から蹴り上げる」というリフティングでは,「絶対にバックスピンはしない」.

そうなると,話はややこしくなってくる,真上に上げるためにキックのは自明だが,真上に蹴ってはいけないということになる.ただし,バックスピンをかけなくてもよければ,真上に蹴り上げれば良い.「カッコよくリフティングしたければ,ボールの下から真上に向かって蹴ってはいけない」ということになる.こう考えると,大変難しく感じてくるし,物理の目で見れば俄然面白くなってくる.

選手の課題は,「上に蹴り上げる,且つボールに回転を与える」である.この課題を達成するにあたって,ボールの接線方向に力を加える時,その接線の向きが地球に固定した座標系に対してどっちを向くのか?を考えてみる.

バックスピンをかけるための力がボール接線方向に向いている時,それが絶対座標系(地球に固定した座標系)に対してどっちを向いているかで考察してみる.
  1. 真下:ボールの落下方向に対して足がこすれる.んー,あり得なさそう.
  2. 水平前方:ボールの落下最下点で前方に足が移動すれば,あり得そう.
  3. 真上:蹴り上げたボールに沿ってなぞるように,足が上向きにこすれる.足首の向きによってはあり得そう.


大雑把にみると,2と3の局面では起こりえそうな,出来そうな気がする.ところが,2の水平前方に向けて足,足部が動いてボールをこする場合,その力は水平前向きであるので,ボールには並進方向の力が当然作用するので,ボールは前に飛んでいく.


それはまずい.

では,3の場合を考えてみると,これはボールと一緒に足が上向きに動いている局面中に,ボールをこすって,足が蹴り上げられることを意味している.すなわち力の方向は上向きであり,且つボールをバックスピンを引き起こす回転方向にこすれる,であろうということに気が付く.

しかし,選手の体と足のボールに対する位置関係,を考えてみると,頭・体幹ーボールー足部,という位置関係にあり,且つ落下してきたボールに対して,そのボールの接線方向が上向きに向くように「のみ」キックする.キックする,というよりはむしろ「こする」,ということを足部で出来るか?と考えると,なんとも現実味がない気がする.つまり

  • 上にキックする力=こする力
のような構図になっているわけである.そして,この上向きキック力は一切ボールの中心に向いていない,ということになる.そんなリフティングの場合,「ポーン,ポーン」という蹴った感じもないであろう.なんだか現実味がない.

リフティング動作に着目してみる

選手の足と脚の動きを考えると,膝関節は伸展(曲がってる状態から蹴り出すために伸展する)している.落下してきたボールと足が接触する際に,
  • 素人:足首が伸びている(底屈)
  • 上手い選手:足首が曲がっている(背屈)
と述べたが,ぶつかる時には曲がっている足首の凹み(足関節)あたりで,足部は「上ではなく,水平方向に」当たっているように「見える」.「見える」というのはあくまでも私の主観かもしれない(ホントはモーションキャプチャーデータもあるのだが,答えを言ってしまっては面白くないので).

落下してきたボールに足が接触して水平前方に足がボールをこするような接触をする,とアなれば前項の2に相当する.しかし,そうすると「バックスピン」をかけるために前方への力をかけてしまうので,ボールは前に飛んでしまう.

足首を背屈させるのは何故か?

さて,上手い人の技術を観察するには,やはりそれなりに意味があると思う.今一度,じっくりと観察してみると,上手い人の足首は「とても背屈している」ことに気が付く.「とても背屈している」とは,爪先が選手自身の顔,体幹の方を向いている,というようなことを意味している.足首が「のけぞっている」ような状態,と言ってもいいかもしれない.

だいぶ回り道したが,結局のところ「真上に蹴る,且つボールに回転も与える」ということは次の図で示されるように,「ボールの真下を蹴らない」,ことが技術ではなかろうか?というのが私の結論である.具体的には,「真下よりもちょっと前」,つまり水平に足部を差し出してしまってはボール最下点の「真下」に当たってしまうので,足首を曲げる(背屈)ことで,真下に当てない,ようにしているのではないだろうか?背屈することで,当たる場所を最下点よりも前側に持っていくことが出来そうである.


「真下よりもちょっと前」が足がボールに当たる場所でなければ物理的には成立しない,ということになる.

これがサッカー未経験者の私の結論なのだが,話はここで終わらない.

物理的にこうである,という結論が出ても,ではそもそもヒトにはそんな動作が出来るのか?という疑問が湧いてくる.ここでの疑問は,「足が真上に向かってキック(移動する)」である.

足部は真上に動かない

リフティングでは,下半身のうち主に下腿と足部が使われている.下手な人はあっちこっちにボールが移動するたびに,股関節から大きく脚全体を動かすこともあるが,今回議論している連続リフティングは,すでに連続リフティングをしている,という前提で話を進めているので,主に動員されているのは,「下腿(スネ)と足部」である.

下腿は大腿と膝関節でつながっていて,その膝関節は蝶番関節なので,屈曲・伸展しか出来ない(わずかにその他の軸でも動くが無視できる).足部については少々三次元的に動かせる余地があるにはあるが,概ね足部も下腿とつながっている足関節において,屈曲と伸展が可能である.この時足関節には特別な呼び方がついていて,「背屈・底屈」と呼ぶ.背屈は足の指をのけぞらせる方向に足首を曲げること,底屈は床に向かって足指を押し付ける方向.通常,足首を曲げるという時には背屈,を指す.逆に足首を伸ばせ,というのは「底屈」しろ,という意味である.

ボールと足との接触部位を考えると,物理的には「どこでもいい」のだが,先に述べたように,ボールの最下点でボールを真上に蹴り上げるとすれば,足首を背屈させなければならないが,この仮説は「真上に蹴る間中,ずっと足部は真上に動く」,ということを言ってる.つまり,足部が並進運動する,というわけである.

ところが,下腿+足は膝関節で結合して,その膝関節まわりに回転することで,屈曲・伸展を実現しているので,下腿+足の双方は並進運動を(ふつう)しない.円運動のような回転運動を行う.従って,足部,多分足関節あたりが,並進運動をすることが出来ない.仮に足部を並進運動させたければ,「股関節」の屈曲を動員して行わなければならない(詳しい理論は割愛).「楽ちん」にリズミカルに選手が行うリフティングとは大違いである.

つまり,先の図ではボールの最下点を真上に蹴る,と言ったが,「そんな蹴り方は出来ない」,あるいは,「少なくとも,真上に蹴るだけでない,別の動きが存在する」ということになる.とても面白くなってきた.


結論

足首が大きく背屈し,のけぞって,自分の顔の方向へ向いている,ということは,この姿勢でボールを下から蹴り上げるとボールには水平方向手前側への力が発生することになるかもしれない.水平方向前方ではなく,水平方向後方向き,ということである.とすると蹴ったボールは自分の顔を目掛けて飛んでくる.従って,前方向への力を作用させなければならないことになる.
最終的に導き出される結論は,次のようになる.
  1. 落下点では,膝関節伸展で足部を水平に動かす(小さなキックを想像してください)時には,摩擦力による水平前方への力が生じる.完全な水平ではなく,鉛直上向きに足部が動いている時には当然,上向きにも力を作用させることになる.
  2. 落下点で「真上&水平前方」の向きに力が作用した後,蹴り上げ動作中に足関節が十分に背屈していると,「真上&水平後方」の向きに力が作用する


と予想される.この予想は接触時間中に,水平方向成分の力がゼロである,もしくは,水平方向成分の力の時間積分がゼロである,という先の章で述べた内容である.最下点でボールを蹴る際には,膝関節の伸展動作で,足部は円弧を描いて動いているが,この時足首部分の接触点が,前方への移動を行い,且つ上方への移動を行うと,ボールに作用する力は,「前方+上方」となる.この足首部分の上方への移動は,股関節ではなく,「逆側の膝の屈伸」によるものであると考えられる.これは,リフティングを行う側の脚の動きに,股関節周りでの大腿部の動きが,上手いヒトにはほとんど見られないことからの類推である.

つまり,「リフティングする脚ではない側の膝がリズミカルに屈伸することが必要」ということになる.大変面白い.

次に,最下点で水平前方への力を与えてしまったボールは前に飛び出そうとするので,それを抑制するためには,後方へ向かう力をボールに与えなければならない.そこで,1つの方策は足首を背屈し,最下点よりもちょっと前の位置を蹴り上げることになる.この第二段目となる蹴り上げ動作の際には,背屈することによってボールに手前向き(後方)への力を作用させる意味があるはずである.

ボールの最下点を擦るようにしてぶつけたら(蹴ったら),その後は,「必ず足首を背屈」しなければボールは決して真上には飛ばない.この結論はニュートンのおかげでサッカーコーチが「いや違う」と言っても揺るがない.

最後の結論の中で大変面白いのは,いまだ検証はしていないものの,「反対側の膝屈伸がリフティングの成否を決める」というものである.

このテーマは面白いので,学生に検証してもらいたいと思う.

水曜日, 5月 27, 2020

競走馬の走りについての考察

本日の報知新聞競馬欄にコメントした記事が載った.

週末の日本ダービーの本命馬であるコントレイル号の走りについての質問を報知新聞記者からの質問で答えるうえで,父親のディープインパクトの走りと,コントレイル号の過去の走りの映像を眺めてみてのコメント.

このところ,競走馬の走りと騎手の動きについての考察を続けている.競走馬といえば,サラブレッドであって,現在の競馬業界ではサラブレッド以外の馬はどうやら出走していないらしい.しばらく前にはアラブ系の馬もちらほらと聞いたが,今はまったくサラブレッド一色とのこと.良い父親と良い母親の遺伝子を掛け合わせることで,代々血統によってウマは作られてきた.すべてのサラブレッドはたった3頭,現在ではほぼたった2頭の子孫らしいが,やはり血統は大事みたい.

競走馬の走りの研究に興味を覚えたのは今から14年前のある日のことであるが,その日以来アイデアと構想を温めていた折に,研究室にはいってきた無類のウマ好きの学生,松本拓也君によってそれが研究へと進むことになった.松本くんの卒論で,ウマの下肢のエネルギー生成に関して明らかにしたのは2012年のことで今から8年前.2年後の2014年にはウマの前肢と後肢には慣性パラメーター(質量,慣性モーメント)が大きく異なるのに1完歩周期は同じである,という不思議な現象を明らかにした.バイオメカニズム学会誌で松本くんが発表した.


こうしてウマ単体での研究は過去7年ほど細々と行ってきたが,今回は競走馬の走りと騎手の騎乗スタイルを研究対象にしての競走馬研究へのカムバックである.今度はさらに面白い,騎手の動きまでを含めた研究であり,歩行研究だけでは完結しない面白さがある.

話を報知新聞競馬欄に戻すと,解説ではメールのやりとりのほんの一部しか掲載されていないが,ウマの走りもヒトの走りと全く同じく,物理法則に従うわけなので,速く走る条件というものが存在する.記事ではそのうち前脚・後脚の脚の運びについてが掲載されている.

  1. 前脚は前に大きく振り出して着地しない
  2. 後脚は大きく前に振り出して着地する.
この2点は絶対に譲れない条件であり,これはヒトの走りでも共通である.ヒトだと前脚と後脚がないのだが,20年ほど前からすでに常識的に脚は前方に着地しない,というのが知られている.



月曜日, 4月 20, 2020

スポーツ選手のパフォーマンス発揮を支援する映像技術

●はじめに

近年,スポーツ界へのテクノロジー導入がめざましい勢いで進んでいる.これらの新機軸をハードウェアとソフトウェアに大別すると,ハードウェアの面では4K/8Kに代表されるカメラの高精細化が進み,これまで視聴者が見ることの出来なかった映像がお茶の間に届くようになっている.くわえて多くのスポーツ中継では高速度カメラ映像が当たり前のものとなってきた.またこうした高精細・高速度映像は我々が手にしているスマートフォンにすら実装されている.すでに2019年時点において,7680fpsものフレームレートでの撮影が可能なスマートフォンすら海外では市販されている.記憶に新しい2019年ラグビーW杯では自由視点映像が広く知れ渡る機会となった.多視点から撮影された高精細映像群から生み出される自由視点映像は,ソフトウェア,すなわちアルゴリズムによる処理にほかならないが,これにはGPUの目覚ましい進化も貢献している.かくして,ソフトウェアの進化がハードウェアの進化を後押し,ハードウェアの進化がこれまで実時間処理が難しかった領域の進化を生み出している.また,高精細カメラを搭載したドローンによって空撮することが競技会やトレーニングの場でも当たり前になってきている.こうした映像にまつわるハードウェアとソフトウェアの相互補完的進化がもたらすスポーツへの貢献は計り知れないが,サッカーやラグビーなどの集団ボールゲームの群としての振る舞いを観測し論じるスポーツアナリティクスとは少々異なり,本稿ではスポーツ選手自身,すなわち「個」に着目して「個」としての選手の技能を向上させるためのテクノロジーに関して紹介したい.

●カメラ映像による身体モデルの解析

映像撮影技術の応用としての光学式モーションキャプチャはすでに「枯れた技術」としてスポーツ科学に留まらず,映画やアニメーション,ゲームなどのキャラクター生成などの分野で定着しているが,それでもやはり装置自体が高額であり誰もがすぐに用いることは困難である.反射マーカーを貼り付ける必要があるため,あくまでも実験室的研究の域を出ていない.映画やアニメーションの世界であってもこれは同様で,リアルタイムでモーションキャプチャーの映像をストリーミング配信し,画面上のアバターを動かすこと自体はできているものの,得られたデータに高付加価値をつける映画やアニメーションの世界ではやはり研究レベルと同様に計測されたデータを修正したり,加工したりすることに時間が費やされる.これに対して,2017年に発表されたカーネギーメロン大学発のOpenPose 1)は,撮影されたビデオ映像素材からヒトの骨格モデルを推定するこれまでとは全く異なるアルゴリズムによって瞬く間に広まった(図1).


1 OpenPoseによる骨格モデルの同定1

CPU/GPUパワーは必要であるが,リアルタイム処理も可能である.OpenPose発表後,DeepLabCut 2),PoseNet 3), BodyPix 4)など続々とヒトや動物の骨格モデル,身体セグメントを推定する事例が報告されており,RGBカメラ映像からの骨格モデル推定が勢いづいている.

●なぜ骨格モデルが必要か?

骨格モデルが得られると何となく分析しているような気になるが,単にアニメーションになるだけでは,それは映像を眺めていることと大差なく,スポーツ選手の技術向上には何の役にも立たない.ではスポーツ動作の分析になぜ身体関節の位置座標が必要か?と問われればそれは身体に作用する外力を推定したいから,というのがスポーツバイオメカニクスの答えである.OpenPoseに限らず,身体関節位置を同定できれば,体節の推定が可能になる.次に体節の関節座標からはその体節重心が推定できるため,その二階微分の重心加速度はその体節に加えられた力の総和を示すことになる.身体全体の重心加速度は外力の総和を意味するので,走者の身体重心加速度が求まれば,走者の質量を掛けることで,「キック力」が求まる,ということになる.現実には観測誤差や計算誤差もありそう簡単にはいかないが,原理はそうである.さらに遠位端から順にニュートン–オイラー法等の計算によって身体の関節に作用する関節間力,筋による発揮トルクが求められる(文献).関節トルクは筋が関節まわりに発揮した筋力によるトルクの総和であるため,これはすなわち「どのようにして筋出力が関節を駆動しているのか?」を意味する.つまり,ヒトがどのように身体各部を動かそうとしているのか?ということが明らかになると考えていただければよい.どう動いているのか?という現象を引き起こした原因に迫る,といえる.

●LiDARによる技の解析

RGBカメラとは異なるが,同じく光によって外界を観測することに優れたセンシング方法として,近年急速に普及しているLiDARが挙げられる.現在では照射光が戻ってくるまでの時間,タイム・オブ・フライトによるものが主流である.2020年東京オリンピックでは富士通が体操の採点システムとしてこのLiDARを用いたシステムを導入することが話題になっている5,6)(図2).


2 LiDARと骨格モデル推定を用いた富士通による採点支援システム(富士通Webサイトより7) 

これまで採点競技では審判団が演技を終えた選手の得点を評価する際に,審判間での点数のばらつきなどの不公平感がつきまとってきた.また技が高度化されてくるにしたがって,審判自身の目も追いつかない,そんな事態が迫っているという危機感もあった.審判の負担を軽減し公平性を担保するシステムとして東京大会での登場が期待されている.すでに,映像を見直して審判の判定を支援するシステムであるVAR(ビデオ・アシスタント・レフリー)はサッカーやラグビーなどでも実用化されておりルールも変更されているが,審判の主観的評価のみによって得点が与えられてきたオリンピック競技が,センシングされたデータから審判の判断を下すのは初の試みであることから,注目を集めている.この器械体操の採点システムがうまく機能すれば,飛び込み競技や空手の型といった採点競技に大きな影響を与えることは必至である.

●LiDARによるスキージャンプの定量的評価


筆者はスキージャンプ選手が飛翔した軌跡をLiDARによってトラッキングすることでスキージャンプ選手のパフォーマンス評価に用いてきた8). スキージャンプは広大な空間を高速で選手自身が移動するため,通常のカメラで撮影することは困難であった.また高速度カメラを使ってもその移動軌跡を求めるには関節マーカーのトラッキングという時間のかかる作業を要した.そこで踏切台直下に二次元LiDARを設置し,踏切り直後から,およそ40m地点までの間の選手の飛翔軌跡をLiDARによって観測する装置を開発した(図3). ジャンプの後,即座に最重要と考えられている踏切直後の飛翔軌跡をフィードバック出来るうえに(図4),飛翔を司る流体力の推定結果も得られることはトレーニングを加速すると期待している.また,すでに共同研究者の瀬尾らは風洞実験によって様々な身体姿勢における流体力を取得しており(図5),こうした姿勢データと流体力データベースの結果を併せると最適飛翔フォームへと導くことが出来るものと期待される.

3 スキージャンパー飛翔軌跡観測用LiDAR


4 LiDARによって得られた点群データ(青)とその空間重心(赤)
5 実物大スキージャンパー模型を用いた空力特性の計測

●パラリンピック競技を支える映像技術

定量化されたデータによって採点を分析的に行い,トレーニングを客観視することはスポーツ科学とスポーツ工学の本質的なアプローチであるが,選手がトレーニングを「安全に」行えることを支援するという方向性もある.ここにも画像技術が活かされている.
筆者の研究室では,パラリンピック競技のなかで視覚障がい水泳選手を支える技術開発を行っている.「壁接近検知システム」は補助者がいなくとも視覚障がい水泳選手がプールでのトレーニングを実現するための装置である.すなわち,タッピングの代わりを実現する装置である9).タッピングとは視覚障がい水泳選手がターンやゴールタッチの際に壁に接近してきた際にプールサイドの補助者が軟質素材が棒の先についたタッピング棒で泳者の頭や背中を叩くことで壁への接近を知らせることである.これを自動で行うのが接近検知装置である.壁接近検知システムは,公式ルールで認められたレーンライン(従来呼称はコースロープ)の最大直径150mmの円筒状をした水中カメラである(図6).レーンラインワイヤーに壁接近検知システムをはめ込むことでレーンラインのどの位置にでも装着できる.ワイヤーに固定されたカメラは,波の影響で回転する可能性があるが,最適重心設計によってカメラ位置は常に同じように仰角下向きの角度を保つように工夫されている.国内では水泳選手は慣習的に,レーン内を右側通行でトレーニングするため,選手の進行方向右手のレーンラインに装着することを前提としている.壁接近検知システムは,水面下を監視する水中カメラに超広角レンズを採用し,レーンラインの方向とは直交する左右方向に光軸を設定している.5m地点,もしくは2m地点に設置したカメラから見て選手が左から進入して壁に接近しカメラの直前を横切ると,水上スピーカーならびに水中スピーカーから警告音を発する.発せられる音声データは任意の音声データを外部からWiFi経由で送り込むことが可能である.

 泳者接近検知装置

●おわりに

本稿では可視光線によるカメラ,赤外光によるLiDARなど映像を主たる方法としてスポーツ選手の動作を観測することで,個としてのスポーツ選手のパフォーマンスを定量化する新たに登場した方法論,選手のトレーニングを支援する装置を紹介した.また,画像処理技術が選手の安全を保障するといった事例も紹介した.今後は映像の高精細・高速化は益々加速することと考えられ,身体の姿勢,すなわちフォームを簡便に即座に定量化できるようになると考えられる.本稿執筆時点において,ピッチ上の多くの選手を同時に認識し,個々の選手の筋骨格モデルによる筋出力の同定する技術までもが登場している10).我々が想定しているよりも早いスピード感でスポーツ市場にテクノロジーが導入されつつあり,むしろ選手・コーチらがこうした技術の長所・短所などの啓蒙教育が必要な時期に差し掛かっていると筆者は感じている.

【参考文献】

  1. Zhe Cao, Gines Hidalgo, Tomas Simon, Shih-En Wei, Yaser Sheikh, Realtime Multi-Person 2D Pose Estimation using Part Affinity Fields, https://arxiv.org/abs/1611.080502017.
  2. DeepLabCut : a software package for the animal pose estimation, https://github.com/AlexEMG/DeepLabCut
  3. PoseNet: https://github.com/tensorflow/tfjs-models/tree/master/posenet
  4. BodyPix - Person Segmentation in the Browser, https://github.com/tensorflow/tfjs-models/tree/master/body-pix
  5. 藤原英則,伊藤健一,ICTによる体操競技の採点支援と3Dセンシング技術の目指す世界,FUJITSU, 69, 2, pp70-76, 2018.
  6. 佐々木和雄,桝井昇一,手塚耕一,アスリートの動きをリアルタイムに数値化する3Dセンシング技術,FUJITSU, 69, 2, pp.13-20, 2018.
  7. 国際体操連盟、富士通の採点支援システムの採用を決定, https://pr.fujitsu.com/jp/news/2018/11/20.html
  8. 仰木裕嗣,Heike Brock, 瀬尾和哉,スキージャンプ選手の飛翔軌跡の計測,日本機械学会スポーツ・アンド・ヒューマンダイナミクス2015, USB抄録集, 2015
  9. 仰木裕嗣ほか,視覚障がいスイマーのためのトレーニング支援装置の開発, 日本機械学会シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2016USB抄録集, 2016
  10. 複数人ビデオモーションキャプチャ技術を開発, https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400130230.pdf, 2020.

ラジオ体操第1を解剖学で語る

動きを正確に伝えるには,解剖学のことばを使う 我々,スポーツ科学に携わる人間は,動きを正確に記述しなければならない.もっとも,正確に記述して口にすれば,ヒトに伝わるか?というとそれは別の問題を抱えているので,日常的に用いられる表現をしたり,あるいは何に形容した表現を使ったりするこ...